庭は嵐。吹き荒び、荒野より来たりて荒野に帰れり。
「今日は風が強いですね」
「そうだな」
火薬庫の点検を終えて、今日の業務をなし終えた火薬委員は、たまには交友を深めるために茶を喫そうと道具一式を持って廊下を歩く。
伊助が仰ぐと、久々知は頷いた。建物の構造から、中庭は風がなく穏やかだ。だが彼らが今通っている外廊下はびょうびょうと風が鳴いていた。
「伊助は火薬の庭という言葉を知っているか?」
「火薬の庭、ですか。いいえ。競合地帯のあだ名ですか?」
いや、といって久々知は笑った。
「ムスペルヘイム。遠い巨人の住む国だ。このあいだ入った図書に異国の本があってな。世界の最初からどこかに存在しているが、誰もどこにあるかわからない土地らしい。その国で生まれたもの以外はその国で生きることもできない環境だとか」
久々知がこのように無駄な話をするのは珍しく、伊助はただ素直に感心する以上のものを覚えた。
「そうなんですか。火薬、といわれるとついぼくらのことかと思ってしまいます」
「たしかに」
久々知は口元をゆるめた。
伊助は知らないが、久々知はムスペルヘイムともうひとつ、感興を覚えて目をひかれたものがある。ミドガルズオルム。自らの尾をくわえた蛇に世界は取り巻かれているということ。
その蛇が起き上がるとき、世界は崩壊するという。
ならば、と久々知は思う。蛇に取り巻かれているかぎり世界は平和なのだと。
ここは蛇の中庭だ。嵐が吹き荒んでも、中庭は穏やかだ。ここはムスペルヘイム。この場所にいることを許されたもの以外が立ち入ろうとすることは許されない。
学校とは、そういう場所だ。
風よ吹け吹け。吹き荒れろ。ここは火薬の庭。みだりに立ち入らんとするもの容赦せぬ。
「伊助。風が出てきたから、先に行っててくれ」
「久々知先輩は?」
「うん、ちょっと野暮用」
伊助に茶器の乗った盆を渡して、久々知はきびすを返した。合点がいかない伊助は久々知の背中を見送る。
「茶菓子を忘れたから、あとでな」
肩越しに手を振られて、不審に思っているのを見透かされた伊助は虚を突かれる。ついで微笑む。はい、と照れ混じりに答えて、茶器をかちゃかちゃいわせながら茶を待っている他の先輩たちのもとへ急いだ。
小さな足音が廊下を遠ざかるのを待って、久々知は爪先を濡縁の外におとした。庭におりる。
ここは蛇の中庭。火薬の庭。
「ここがどういうところか、知って入ってこようとしているのですか」
外界と庭とを隔てる壁に向かって久々知は云った。真正面から壁と向かい合う。
「一歩足を踏み入れれば、このあたりの競合地帯は、我々火薬の庭ですぞ。それでも入ってこようとしますか」
庭に立ち入るのなら、火薬と名のつくものを管理する自分は黙っていない。
木が黒々と曇天に突き立っている。いらえはない。久々知は気にせずに言葉を紡いだ。
「くれぐれも、軽挙妄動はお慎みを」
ざわざわと木が騒ぐ。強い風が吹く。
ざあっとひと際強い風が髪を持っていって、気配が去ったのを知った久々知はふっと息をついた。
「どこの誰かは知らないけど、一年坊主がいる前で気配を見せないでほしいよな」
牽制にさしたる意味はない。察知された段階であちらの侵入は失敗である。そもそも侵入の意図があったかどうかも怪しい。気配をわざと出して、こちらの反応を見ただけかもしれない。
だとしたら思うつぼだったかもしれない。この学園のこの学年の生徒はこういう反応をする、という情報を相手に渡してしまった。
(まだまだだなー)
そう思いながらも、あくまで可能性を検討しただけの久々知は、どれとも断ぜずにあっさりと壁に背を向けた。
ここは中庭。嵐よ荒れ狂え。風よつよくつよく吹け。激しいあぎとで草木も人も噛みちぎれ。
蛇のまどろむ中庭で、今夜も彼らは静かに眠る。
久々知は壁を一顧だにしない。彼は茶菓子を取りにゆかねばならないのだ。
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別にどこの諜報員でもいいです。実際にはいなくてすらいいです。
六年が演習で、とか一年は組がいつものように巻き込まれて、とかで諜報戦仕掛けてたりしたら、どこであるにしろ相手も学園の情報を知りたいと思うんじゃないかなーと。
実際、忍術学園はかなり力もコネもある中立機関(一応は)(忍術学園、という名の独立機関になってると思う)だから、誰も手出しなんて下手にしそうにないですが。
むしろ蛇は学園長なんじゃないかと思います。
学校って外から見た場合は無風地帯ですよね、でも中には中の嵐もあるんですよね、という。
嵐→秋の庭→火薬の庭=蛇の中庭、という電波な連想。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。