「
即興小説トレーニング」さんでチャレンジしたもの。
お題:複雑な冥界
リミット:15分
文字数:927字
ちょっと修正してます。
「死者の国には時間の概念がないという」
「へえ。そりゃ永遠の楽園もへちまもありゃしないね」
「死者の国が天国だなんて誰がいった」
「あ、違うの?」
「根の国という、黄泉比良坂の関を越えた、地の底の国に死者は棲むと、日本の神話ではいっている」
「あ、イザナミの話か。ん?イザナミだっけ。まぁいっか。時間の概念がないなら、そりゃあ退屈ってものはなさそうだ。いや、退屈する暇ってもんがないのかな。んん?よくわからんな」
「つまりだな、小休止のつもりがほんのひとときで、それが永遠なんだ」
「永遠ねぇ」
そういって早坂は湯呑の茶をすする。三月兎の庭のお茶会ほど洒落ても狂ってもいないが、お茶請けの羊羹がうまいので彼は頓着しない。
いかれ帽子屋ならぬ向かいの男もまた茶をすする。
「時間の概念がないってのは、あれだな。不便なのかな」
「どうだろうか。アインシュタイン的時間概念…一方向にのみ時間は流れるという、常識といってもいいものを知らないのなら、別に順応出来るんだろうな」
「出来るかー?」
「子どもなら平気だろう。彼らは夢を見る」
「そういうもんかね」
「アリス症候群を知ってるか?」
この茶会を三月兎のティーパーティに例えた内心を読まれたのかとぎくりとしたが、そうではないようだった。
昔から憎らしいくらい落ちついた男は、十年前と同じように茶の湖面と同じ静かな瞳で語る。
「アリス症候群というのは、子どもによくある感覚の違和だ。急に部屋が大きくなったように感じたり、手や指のサイズが自分の知るものより大きくなったり小さくなったりする」
「ああ、覚えあるなー。それアリス症候群ていうのか。あ、飲むと小さくなったり大きくなったりするあの小瓶の話からきてる?」
「そう。あれは発達途中の脳だから起こることらしい」
「へええ。あれ怖かったわ」
「子どもは順応出来る、何にでも」
「そっか」
「人間は順応出来る生き物だ」
「…もう生きてなくても?」
「ああ、人間だから」
「人間だった、なのかなぁ」
十年も前に死んだ友人と茶を飲みつつ、早坂は座敷に足を投げ出す。
「時間の概念がないってのも、残念なことだなー」
「なぜ」
「大人になった俺を見せてやれても、大人になったお前を見れない」
「ああ、それだけは残念だな」
死者の国の茶会は続く。
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