マギ。ジャーファルとアラジン。
読んだ勢いで書いたのでいろいろアレかもしれないけど、信号機トリオがかわいくってかわいくって。そのトリオを太らせたいジャーファルさんの気持ちがよくわかって。
ジャーファルが書簡を手に執務室に戻り、積まれた仕事に嘆息しつつ席につこうとすると、何か違和感があった。
一秒にも満たないうちに気付く。ああ、気配が。
ジャーファルは肩に入ったちからをそっと抜いて、優しく話しかけた。
「…そんなところで、何をしているんです?」
じゃーん!と声をあげつつ、アラジンが机の下からひょっこりと顔を出した。
「かくれおに!僕がここにいること、誰にもいわないでね。ジャーファルおにいさん」
「いいですけど。どこから入ったんです?立ち入り禁止とまではいいませんが、白羊塔は関係者以外の立ち入りは制限されているのに」
「えへへーないしょ」
苦笑しつつ頭を撫でて、ああこれかなと少年の頭を包むターバンを見下ろした。これは魔法の品だ。飛べるのだ。窓から出入りした可能性を考えれば、彼がどこに顔を出してもおかしくはない。
そんなことを考えていると、アラジンがこちらをじっと見上げているのに気が付いた。
「どうしました?」
「…いけなかった?ここに入っちゃダメだったなら、ごめんなさい。もうしないよ」
ああ、とジャーファルは苦笑した。
「そうですね、書簡を動かしたりされたら困りますけれど、アラジンくんは我が国の食客です。すきなようにしてくれていいんですよ。でも今度からは、他の執務官や私に声をかけてからお願いしますね」
うん、とアラジンは頷いた。
年端もいかない少年の仕草だ。この子がただの少年であると同時にマギであることなど、その様子からは想像も出来ない。それでもジャーファルは彼を子ども扱いする。子どもは子ども扱いされることが必要でもあるのだから。
また、ジャーファル自身が子どもらしい幼少時代を送らなかったことも一因にあるかもしれない。子どもがどういうものかわからずに、過保護になってしまっている面もある。
だから思うさま甘えてくれるアラジンを見ていると、こころがぽかぽかとあたたまる心地がする。陽光の匂いがする彼は、他の二人よりも幼く、そのため隠すよりも何でも素直に口にすることのほうが多い。
元奴隷の戦闘民族の少女と、貧民街で生まれ育ち王子になった少年。そしてマギとは何かを知らないマギの子ども。
てんこもりの子どもたちだ。彼らの前途がたいへん心配である。だが心配してみてもはじまらない。ジャーファルに出来ることといえば、彼らがここにいる間、最大限恵まれた衣食住を提供することくらいだ。だからたくさん寝て、食べて、遊んで、笑っていてもらいたい。やりすぎて王に過保護だと叱られたが。
「ジャーファルおにいさんは、いつもここでお仕事をしているのかい?」
「そうですよ。だから私に何か用があるときは、ここを訪ねてくれていいんですよ」
「ほんとう?じゃあまた来るね!」
ふふ、と笑みがこぼれる。
「ところで鬼は誰なのですか?」
「アリババくん!」
「おやおや。では見つからないようにしないと」
「うん」
すっと窓から影が射した。振り返ると、するりとした身のこなしでモルジアナが床に音もなく降り立ったところだった。
壁を駆けあがれるファリナスの前では地上何階に部屋があろうと無意味である。この子らの前に近衛兵や門扉といったものは無意味なのか、と思いながらジャーファルは少女に声をかけた。
「モルジアナ?」
「…お仕事中、失礼します」
「わーいモルさーん」
すたすたと歩いてきたモルジアナは両手でぎゅっとアラジンの両腕を捕まえた。
「え?」
「捕まえました」
「えええ?」
「おやモルジアナ、あなたが鬼なのですか。今さっきアラジンくんから鬼はアリババくんだと聞いたところだったんですが」
「…アリババさんは、策略家です。捕まってしまいました」
「ええええ、じゃあモルさんが鬼なのかい?」
「はい。…いいえ、今からはあなたが鬼です、アラジン」
「あらら…」
「十数えたら捕まえに来てくださいね」
「ちぇー、わかったよ。すぐに捕まえちゃうんだからね」
モルジアナは、それでは失礼致しました、とジャーファルに頭を下げると、また窓から出て行った。声をかけ損ねたジャーファルは、何も窓から出て行くことはないと呼びとめようとした中途半端な姿勢でいたが、ふっと笑った。
塞ぎこんでいたアリババや、アラジンが、楽しそうに駆け回っている。それを見るモルジアナも嬉しそうだ。こうして他愛ない遣り取りを出来ることが嬉しいと、彼女のわずかに上気した頬が語っていた。
子どもらしくない、ただの子どもではいられない彼らが、まるでアラジンの年齢に合わせるような幼稚な遊びをしている。そのアラジンこそが恐らく彼らのうちで最も子どもではないだろうに。
それが何だか可笑しくて、冷え込む夜にあたたかいものを飲んだようにほっとして、柔らかく軽い羽根で撫でられたようにくすぐったく、優しい何かを感じさせた。
「きゅーう、じゅーう。もーういーいかーい?」
応えはない。アラジンはようし、と無い袖を捲るような仕草をして、ジャーファルを振り返った。
「ありがとジャーファルおにいさん。じゃあ僕もう行くね!」
「ええ、行ってらっしゃいアラジン。夕食の時間にはちゃんとみんなで戻ってくるんですよ」
「大丈夫だよ。次の鐘が鳴ったらおしまいだから」
ちゃんと扉から出て行こうとしているアラジンに、ふとジャーファルは何の気なしに尋ねた。
「ところでこの遊びはアリババくんに著しく不利ではありませんか?君は空を飛んでどこにでも行けるし、モルジアナの鼻の前では隠れていても意味がないでしょう」
「うーん。たしかにモルさんは手ごわいねえ。でも僕は空を飛んで逃げないって約束してるからターバンは使わないし、不利はおじさんも同じだから」
「おじさん?」
「うん、シンドバッドおじさん」
「……………………うん?」
「おじさんも王様しか入れない場所とかには隠れないって約束してくれたけど、でも僕らが知らなくておじさんは知ってる場所ってたくさんあるからねえ。地の利はおじさんにあるから、しらみつぶしに探さなきゃ」
「………シンも参加してるんですか?君たちのかくれおにに?」
無情にも、少年は元気いっぱい、無邪気に頷いた。
「うん!俺を捕まえられるものなら捕まえてみたまえ、我こそはかくれおに王!だってさ!」
束の間、海よりも深い沈黙が部屋に落ちた。
ややあって、こころなしか低い声音でジャーファルが尋ねた。
「…………アラジン、私も仲間に入れてもらえませんか、そのかくれおに」
「ジャーファルおにいさんも?うん、いいよ!あれ、でもお仕事はいいの?」
「ええ。お仕事のまえに捕まえなくてはいけないようですからね、かくれおに王とやらを」
「ふうん?じゃあ、おにいさん、はいタッチ」
「はい」
「油断大敵だよおにいさん。これでジャーファルおにいさんが鬼だからね。十数えるんだよ。あ、おにいさんが入ったって知らないモルさんやアリババくんに会ったら、ちゃんと仲間に入ったって教えてから捕まえないとフェアじゃないんだからね」
「ええ、わかりましたよ。アラジン。では数えますよ」
さあ、逃げた逃げた。
アラジンはきゃーっと楽しそうに叫びながら、どこかへ駆けて行った。子どもの軽い足音が遠ざかるのを耳にしつつ、弾むような足音と反比例にジャーファルの心中は冷えてゆく。
ぽつりと地を這うような声で呟いた。
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