fkmt越境。
時間軸がよくわからないけどカイジとアカギ(19)。
カイジのアパートで宅飲みしてるだけ。
CPじゃないと思いますが穿った見方をすればどうとでも見えるような…
あんたは失うものが多過ぎるから、といわれた。
そのとき俺は何と答えたろう。
「ああ、また負けた!」
「くく、ビール代はあんたの奢りだ、カイジさん」
アカギは可笑しそうに笑う。俺はその横顔をこっそりと見る。
実に他愛のないギャンブルだ。大金もかかっていない。まるで、暇な学生が、酒の勢いで仲間うちでやるような。
そんなのは俺にもアカギにも似合わない。こうしてアカギが笑うのを見てさえ、そう思う。
アカギは俺の目線に気付き、なに、といった。
「もうひと勝負お望みかい?」
「…おまえとやるギャンブルの不毛さについて考えてただけだよ」
「変なことを考えるね、あんたも。ギャンブルなんて元より不毛なものだろ」
「そうだけどよ。おまえと、する、っつーのがな。不毛だわ」
「…ふうん?」
「勝てねーからいってんじゃねーぞ。あっ、いっとくけど、これは負け惜しみの類じゃねーからな」
「はいはい。で?」
「…なんつーのかな。おまえ、負けても、失くすもんがねぇだろ」
「ああ」
「…そんなことない、とかいわねーのか」
「金とか耳とか指とか?賭けるからには欠けてもいいのさ。それが命でも」
「ほら。それだ。おまえから何を取ったって、それが命だって、誰もおまえから何も奪えねぇんだ。命をくれてやっても、おまえはおまえのまんま死ぬだろ、きっと。勝ってもまるでおもしろくねぇ。その癖、こっちが負けたら容赦なく金も命も毟り取られるんだ。割に合わねぇだろ、これ」
「割に合わない、不毛、それがギャンブルでしょ。ってこれはさっきもいったか」
「いったな。いや、それを踏まえても、さ…」
「…要するに、俺とあんたが同じ重さのものを賭けてない、ってことだろ。フェアじゃねぇって。だが、そいつは仕様がないな。これでも俺に賭けられるもんは賭けてんだ。俺は、なんにも持っちゃいないから。持ってるものは、自分自身だけ。だから賭ける。それで足りないっていわれたら、まぁ、わかり易いから金を上乗せするしかない。それでもやっぱり、足りないのなら、…そうだな、どうしようか」
「…どうすんだ?」
ふ、とアカギは笑った。
「あんたが決めればいい」
「俺?…なんで俺が」
「勝負の相手だから。対価は俺と相対するやつが決めればいい。今ここにいるのはあんた。だから、あんたが決めてくれれば、俺はそれを賭けるよ」
ねぇカイジさん、何を賭ける?俺の手持ちの何が欲しい?
あんたは一体何が欲しいんだ?
「…ってなんでまた俺がおまえと勝負する流れになってんだよ!答えたらじゃあくれてやるからひと勝負、ってなるだろこれ!」
「ばれたか」
「つーかなんで勝ち越してるやつが勝負ふっかけてくるんだよ!」
「暇だから」
顔色は変わらないがアルコールがまわっているのか、赤木は饒舌だった。
俺は手にした缶を干すと、おまえのような酔っ払いには安い発泡酒しか買って来てやらん、と叫んで財布を掴んで酒の買い足しに出た。アパートの扉を閉めるとき、上機嫌でくつくつと笑っているアカギの笑声がわずかに漏れ聞こえた。
階段を下り降りながら、俺は考えた。
何が欲しいって?ああ、俺はおまえが羨ましい。だが、おまえが持っているもので俺が欲しいものは、他者にくれてやることが出来ないものだ。
例えば天運。例えば胆力。死生観。腕っ節。瀬戸際で揺れない心。底なし沼のように暗く地獄の淵のように冷たく、青い炎が凝ったような眼差し。
そうしたものすべてひっくるめておまえ。
おまえだ。どれひとつとして要らないものではない。足りている。それがおまえだ。おまえの才だ。
それをおまえはドブにでも捨てるようにして放りだせる。
ああ。
妬まない、わけがない。だが、妬んだところで仕様がない。
だってあいつは、自身を何も持っていないといった。
大金が入ってくることもあれば、びっくりするほどすかんぴんなときもあることをいってるわけじゃない。金の話じゃない。
あいつは、ひとに差し出せるほどのものがないといったのだ、自身のなかに。
あんなにも、あんなにも暗黒とひかりとを隣り合わせに持ちながら、それにまるで価値を見出せないと。
「…おまえは持ってねぇんじゃねぇ。持ってるんだ」
ぼそりと口に出した。そう、赤木しげるは持っている。
何も持っていない空手に、何もかもを手にしている。
あれは、そういう男だ。
それは、勝った負けたで奪い取れるものじゃあない。
「ずりぃよ、アカギ」
コンビニで発泡酒と酒のつまみと、あとやっぱり缶ビールを買って帰ると、アカギはテレビをつけたままうたた寝していた。
「おいおい、アカギ。寝るんじゃねぇよ」
「ああ…」
「買ってきたぞ、ほら」
「…うん」
ねむいからねる、とアカギはいった。俺は嘆息し、おまえ酒つよいだろ?と訊いた。まだ酔いが回るような時刻でもなし。
「…寝てないのが効いた…」
「は?」
「今朝がたまでかかって…」
「へ?おい、何してきたんだよ」
「…うん…」
ああ、こりゃあダメだ。
俺は、最近干してねぇけど、といいながらアカギにかけ布団をかぶせた。アカギはむにゃむにゃと、悪いねとか何とかいったようだが、ベッドに移動するのも惜しんで床の上で寝息を立て始めた。
アカギらしくないような。そういえば今夜はずっと、らしくない。
今朝までかかったという勝負で何かあったのか。訊きたいがアカギはもう夢の中で、訊いても恐らく答えない。
しばらく布団が上下するのを眺めていたが、ふっと可笑しくなった。
これではまるで本当に、学生の飲み会みたいだ。
俺は肩を竦め、新しく買ってきた発泡酒とビールを冷蔵庫にうつした。
電気を消して、音を小さく絞ったテレビを見ていると、背後でごそりと気配がした。肩越しに見やると、アカギが目を開いてこちらを見つめていた。
「…たのしい?」
「…なにが」
「テレビ」
「別に…」
「…」
「…こういう遣り取り、おまえとするの初めてだな」
「…?」
「なんか、…ほら、こういうのだよ。普通の会話っていうのかな。意味のねぇ会話」
「…カイジさん、俺のことどんだけ生活感のない人間だと思ってんの」
「なっ、いや、それは」
「そういうことでしょ」
「あー…否定はしない」
しばらくの沈黙を挟んで、ぽつりとアカギがいった。
「…それ、だよ」
「あ?」
「だから、それ…。あんたが持ってるもので、俺が持ってないもの。…勝負事の外で、持ってるもの、あるだろ。沢山。それは俺にとっても、あんたにとっても、他の誰にとっても無駄なもんかもしれない。意味も価値もないかもしれない。でも…そういう些細で無駄なものが、降り積もったのが、生活で、暮らしで、日常でしょ。そういう、地に足のついた、生活者の実感、みたいなのが、あんたが持ってるもので、重さで、においだ。俺の賭けるものをあんたが軽いというのなら、それはたぶん、そういうのをぜんぶ切り捨ててきてるからさ。きっとね…」
あんたは失うものが多過ぎるから。
だから、賭けるのを躊躇うんだろ。
それがゴミの山でもさ。
物に価値を見出すのは人それぞれだから、あんたが抱えてるものがゴミだろうと宝の山だろうと、俺はどうでもいいし、もとより判断できない。判断する材料も持ってなければ、判断する意味も見出せない。その価値は俺が決めるものではない。
ただ、俺が持ってなくて、あんたが持ってるものがあるとしたらそれで、それが、何かを賭けるときに自ずと重さとして反映されるのかなって、そう思っただけさ。
アカギは囁くようにそういった。
音量を調節したはずなのにまだテレビの音がうるさい。
俺はアカギの顔を見ていたはずだが、そのときの表情は不思議と記憶に残っていない。
ただ、そうか、と返した。
アカギはぼんやりと笑い返したような気がする。
翌朝目が覚めると、アカギはいなかった。かけ布団は俺にかかっていて、冷蔵庫の中のリポDがなかった。
置き手紙も伝言も何もない。
俺は空き缶の転がった部屋で、アカギのことばを思い出す。
アカギは、あらかじめ持ってないのかもしれない。いいや、捨てられるものは最初から捨てているだけということかもしれない。余計なものは持たない主義なのかもしれない。
ただ、それでもやつは、やつであるだけでどんな宝の山にも勝る。そういう男なのだ。
もしかして、昨夜のあれは、アカギなりに俺を羨んだことばだったのかもしれないが、アカギがアカギであるかぎり、そんなものは無意味だろう。
アカギが、失うものが多過ぎると評した俺は、正真正銘なんにも持っていないありふれたクズニートだが、俺がありふれた男だということが、俺の持っている財産なのかもしれない。
アカギがアカギであることがやつの財産なように。
俺がただの伊藤開司であることが、俺の財産だと。
「…あほらし」
俺は頭をがりがりと掻いて、馬鹿げた夢想を打ち切った。
まずは風呂。バイトの時間までまだあるが、ひと眠りするには足りない。目を覚まさなくては。
ビールの空き缶を踏んずけて転びかけた俺は、アカギが二度とその部屋に訪れることがないということを知らない。
アカギにとって俺が生活や暮らしや日常の一部とならないうちに、捨てられたのだと、まだ知らない。
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蕾 as far as I knowさま
再会は早くても「沼」後ですね!
べつにアカギが「すきだから手放す」派なひとじゃないと思ってますが文脈的にこうなった。
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