嘘つきめが、と彼が笑うので、そうだよ、と返した。こちらもまた笑いまじりで。
榎木津はいつもどおりに笑った。こちらもいつものように面白くもないとばかりに口元を歪めた。
しかし彼の笑いは嘲笑で、このうえない嘲りで。
こちらの笑いは嘲りを受け止めるもので、蔑みを求めるもので。
ああ、僕は誰かにそう罵ってほしかったのだ。真正面から。おまえはずるいと、いわれたかったのだ。
そういう、免罪符。
誰もいえないだろうな。僕のことばの及ぶひろさを知るのなら。でもだからこそ、いってほしかったんだよな。
関口くんなんか絶対にいえないだろうな。いうことすらも思いつかないだろうな。でも彼は云う。関口は云う。口のなかで、こころのなかで、いつかどこかでそう呟く。きみはうそつきだよ、きみはずるいよ、と。誰もいない家で畳に横たわり、今まさにそう、ぽつんと呟いているかもしれない。
ああそして彼も云う。目の前の男も云う。この男は自分に突き付けるように云う、目の前で、ちゃんと僕に向かって云う。おまえはずるいと、おまえなんかはただのうそつきだと。
現にいわれた。でもずるいのはお前だけじゃないともいわれた。それは免罪符をくれたのだ。でもわかっている。こちらだってちゃあんとわかっている。誰もがずるいということを。そのうえで、僕がとてもずるいということも。
でも、いわれたかったんだよ。あんたにさ。癪だけど。弾劾してほしかったのさ。甘えだろ。わかってるさ。
甘えだけどあんた、それを許してくれるだろ。僕を許してくれるだろ。僕のずるさと嘘を僕に突き付けることで、そんなもの有り触れたものだと笑うだろ。
だからさ。
煙草の煙をぷかりと吐き出して云った。
「榎さんにいわれたかないね」
「僕以外の誰にいえるというんだ」
「だとしても、あんたにだけはいわれたくない」
そういって手元の本に目を落とす。口元はわからない程度にわずかに笑む。そうとも。
「あんたにだけは、いわれたくないよ」
だってあんた、僕を赦してしまうからさ。
ふん、と男は畳に寝転がった。仰向けになった顔がこちらを見た。やっぱりだな、と呟いてにやりと笑う。
「この嘘つきめ」
答えずに僕は頁をめくった。目は行を追う。
たしかに僕は、今ゆるされたのだ。
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でも京極堂のほんとうの免罪符は関口なんだと思うな。別の意味では千鶴子さん。また別の意味において、やっとこさ榎木津。
嘘をゆるされたのではなく嘘つきであることをゆるされた。榎さんは嘘つきはゆるさないけど嘘はゆるす、のかもしれない。逆かな。
別にゆるされることを必要としてないのだろうけど、その暗黙の了解のもとに。
ともだちっていいですね。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。
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