どういう話だったのか、修二の友人である理花がその修復に携わった美術館を見に、スペインにまで行ったことがある。
お前にもっと沢山のものをみてほしいんだ。リハビリに費やした数年を惜しむように、修二は云った。わたしは彼の少し苦いその笑顔におされるようにして、思わずスペイン行きを首肯していた。
わたしはそのとき、何も無駄なものなどなかったと彼に云いたかった。すべてがわたしの血肉になるのなら、無駄なものなどなにもない。しかしそんなことは彼とてわかっていただろう。彼はおそらく、わたしが彼と共に生きることを選んだことによって狭まってしまったであろう世界を惜しんだのだ。
お互いにそこまでわかっていながら、わかっているが故にそれについて言及できなかった。わたしにも修二にも後悔はないが、選択によってなくしてしまうものは必ずあるのだ。だからただ、スペインってなにがあるところかな、とわたしはぽつりと呟くにとどめた。修二は黙って笑った。
スペインの景色はとても色鮮やかだった。花も人の笑顔も空も、すべての濃淡がはっきりしているようにわたしには思えた。
建物のかたち。食べ物の多様さ。耳慣れない言語を抜きにしても、補って余りあるほどにそこで識ったことは膨大だった。
まるで空気の粒子からもすべてを吸収しようとしてるみたいだな。目をみはり、時にぽかんと口をあけたままのわたしに、修二はそういって笑った。指摘されてはじめて気付いたわたしは恥ずかしく思って慌てて下を向いた。
修二は今度はからからと明るく苦笑すると、いいんだよ、といってわたしの頭に手をおいた。それがはぐなんだからさ、もっともっと、それこそほんとに空気の粒子からでもなんでも、そこから汲みとってくれればいい。
くしゃくしゃとやわらかく頭を撫でられて、このひとにはかなわないなぁとわたしは改めて安堵をおぼえた。修二は、伊達に何年も見てないさと云ってまた明るく笑った。
ここ数年というもの修二はかげのない笑顔を見せるようになった。わたしの入院や通院、リハビリ通いのせいでか、わたしが笑えないでいるときに、補うように笑うことをするようになった。代替ではない。行く末を照らすような笑みをだ。
そんな笑い方をこのひとは一体どこで身につけてきたのだろう。もしわたしが強いたのならば、きっとその笑顔はこんなにもわたしのこころを照らしはしなかっただろう。
問うと、彼は「そういう笑い方をする男がいたんだ」とだけ答えた。伊達に俺だって何年も同じとこで立ち止まってるばかりじゃないさ。呟きは矢張りどこかやさしい響きを帯びていた。
わたしはそれ以上を問うことをやめて、懐かしむようないとおしむような修二の視線を追って目を閉じた。
理花の修復がはいった美術館は美しかった。建築物としても作品を展示、保管する場所としてもとても素晴らしいのだろうと感じた。わたしはつくるばかりで、美術品の保管の仕方などは皆目わからないのだが。
思えばわたしは理花のことをほとんど何も知らない。修二の旧い友人であると、それくらいのものだ。直接の面識も数えるほどでしかない。理花と共に今も仕事をしている真山のことも、わたしは本当はよく知らないところのほうが多い。彼と親しかったのはわたし以外のみんなだ。それでも今もって慕わしさを感じることがないわけではない。修二と仲がよかった彼とは、個人的な話こそしなかったがそれなりに接してはいたのだ。
彼がこの美術館の修繕についてその手を加えたのかはどうかはわたしにはわからない。が、わたしはかつて彼らと共に笑いあっていたときに似た馴れ親しんだ空気を感じた。錯覚や感傷に過ぎない。わたしと真山はさして親しくもない。しかし、どこか慕わしい。普段、美術館の類で感ずる空気とは異なる気持ちでわたしは館内をまわった。修二は苦笑を浮かべながら少し後ろから付いて歩いて時々展示物の説明をしてくれた。
一日を費やすつもりでいた美術館の行程の、半ばほどのところだったろうか。わたしは常にない動悸をおぼえて立ち止まった。
展示品ではなく、休憩スペースにあたる広間だった。天井はドーム状になっており、明り取りのため窓は硝子張りだった。
そのよく陽のはいる広間は、中央にひとつ大きなモニュメントがある他は、足を休めるベンチが壁伝いに点在している。
わたしの目が奪われたのはそのモニュメントだ。
何故かはわからないが、視界に入った途端に胸をうつものがあった。どうしてだろう。はぐ、休まないのかいと云う修二の声が遠い。わたしは夢見るような覚束ない足取りでそれに近付いて、時間のたつのも忘れて見入った。
どれだけそれを見つめていたのだろうか。ふと気付くと修二の姿はなく、焦って辺りを見回すと、彼はわたしのずっと背後のベンチにいた。彼はここだよと苦笑し軽く手を振った。
ほっとして修二のもとに行こうとして、わたしはふとこのモニュメントのプレートを確認しておこうと思い立った。きびすを返して、威圧感はないくせに近付くと一層大きいそれについての紹介文を探す。ぐるりと回り込んで漸くそれは見つかった。
金のプレートに目を滑らせる。
息を呑んだ。
ああ、どうしてこんなところで。どうしていつもこんなにも不意に。このひとは不意に訪れては気紛れに去る、浮き雲のような捉えどころのないひとだったけれど。何故、何年もたった今になって、わたしのこころを揺らすのか。
そこにあるのはとても見知った名前だった。確信的な言葉だって数えるほどしか交わしたことはない。それこそ真山などより余程、会話の少ない間柄だった。
それでも忘れたことなどない、今もってわたしを動かすちからの源のひとつ。
ふと、涙がこぼれそうになった。衝撃がこころを揺らして、不快ではないがたえようもなかった。感傷と感動が入り混じり、なにがなんだかわからない。
ただ酷く胸が熱かった。心臓が脈打つ力強さを、久方ぶりに感じた。リハビリにより摩滅しつつあった感覚。何かがこのとき、わたしの中で揺り起こされた。
彼がつくったものだからわたしは目を奪われたのではない。そんなことは知らなかった。
目を奪われたものが彼のつくりだしたものだったのだ。何故だか、いつよりも彼を近しく、愛しく感じた。
わたしたちは創作者だ。ものをつくる人間だ。だから社会と沿わない。沿うためには、彼には兄やそれに類するひとたちが、わたしには修二が必要だ。そしてわたしたちは自分の面倒もみれない。不恰好な人間なのだ。
だから生涯、彼とともに歩む道はない。わたしたちが創作者であるかぎり、それはもう確実に。
それを悔やむまい。互いの道が明確である以上、そしてわたしや彼がその遣りかたでこれまで生きていて、更にはその遣りかたで得てきた苦しみや喜びを放り出すことはできない以上、どちらかがどちらかについてゆく道はないのだ。
かなしくはない。さびしいことでもない。ただそうであるだけ。でも。
こうして、どんなに平行線であっても、わたしたちは同じ地平を目指しているから。どんなに遠ざかっても、平行に進むその姿を時折垣間見ることができる。それで充分だ。わたしはそうしてまた歩くちから得、彼はもしかしたらあの不敵な笑みを刻み、それぞれに進んでゆく。
むしろ喜ばしい。少しかなしくもありさびしくもあるが、それでも誇りに思う。
選んだのだ。とうの昔に。差し出したのだ。わたしのかみさまに。
なんということだろう。交差した線ならいずれ離れてゆくが、平行線では完全に袂をわかつことすら出来ないのだ。涙をこらえて苦笑する。なんと快い。
わたしはきびすを返す。ベンチで煙草を吸う修二のもとに。振り返らず。
モニュメントは天窓から射すひかりを浴びて、あたかも福音者の如く厳かに静かに佇んでいた。祝福されているのは恐らくわたしだ。彼に。もしかしたら神に。
足音が響く静謐さは些かも変わらず、しかしわたしは髪を揺らす春風が吹き抜けたかのような、酷く心地よい錯覚をおぼえた。
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森田さんは世界で活躍してるっぽいから。
よく出稼ぎに行ってたし、学生時代の作品も結構多いんだろうなぁと。
はぐちゃんと森田さんの間にはいっつもあの桜の舞う春風が吹いてるイメージがあります。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。