「
即興小説トレーニング」さんというところでチャレンジしたけど、15分のリミットじゃ書けなかったので削除してこっちに上げます。
特に何の二次でもないのでオリジナル、です。すごく珍しい。
掌編です。
即興小説トレーニング
リミット:15分
お題「愛、それは暗殺者」
ひそやかにもう一度、がちゃんと鍵をかけた。音は冷たい廊下に響いたので、あんまりひそやかでもないが、気分だ気分。
鍵を今度こそドアについてる郵便受けから室内に放り込んで、完了。
一度目の訪問時はうっかり置き忘れてしまった、サクマ缶ドロップをがらがらいわせながら振ると、ハッカが出た。戻す。振る。またハッカが出た。
もうハッカしか入っていないのかもしれない。
こういうとき、彼女は便利だった。ハッカを食べてくれた。クールミントのきついガムも噛める彼女だ、ドロップのハッカなど砂糖の塊でしかなかっただろう。
こういういい方をすると誤解を招くが、彼女は便利な女だった。彼の苦手なことを得意とし、彼の得意なことを苦手とする。二人はぴったり相性が合った。たとえば彼はハッカが苦手で、彼女はハッカが好きだった。たとえば彼女は料理が苦手で、彼は酒のつまみを作るのがうまかった。彼は甘党で、彼女は辛党だった。
そしてたとえば、彼女は映画が嫌いで、彼は映画が好きだった。
ラストシーンが嫌いなの、と彼女はいった。目を赤くしていたので、彼はそれが彼女の強がりであることを知った。彼女は映画が嫌いなのではない、何事にも終わりがあるという事実が寂しいのだ。
幸福であろうともそうでなかろうとも、エンドロールが訪れることに安堵する彼は、そうか、とだけ返した。
彼女はさよならをいうのが苦手で、彼はさよならの仕方はうまかった。
俺は君を愛するが故にこうするのだよ。などと嘯きながら、一度扉を閉めた。彼女のいないうちに部屋の荷物は引きあげてある。話し合いは何度も重ねた。結論はとっくに出ているのだ。
ただ、ひとつ。ハッカのほとんど入っていない、甘い味だけの缶入りドロップをテーブルの上に残してきた。
これから先、彼には彼女はおらず、彼女にも彼はいない。苦手部分を引き受けてくれる誰かはいない。だから、それぞれが相手に任せていた荷物を引き受けなくては。
彼はまた缶を振った。がらがら。またハッカだ。
「もう、ハッカは缶ひとつ分味わったよ」
そういいながらも仕方がないのでぽんと白い飴を口に放り込んだ。顔を顰める。
彼にとってテーブルに忘れた缶は丸善に置かれたレモンのようなものだが、彼女にとってはどうだろう。それは彼女が缶を傾け、そこに甘い色しかないと知ったときに爆発するのだろうか。
これは未必の殺意であり、しかし紛れもない餞別でもある。
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