行ってしまったなぁ、と息を漏らした。言葉にならなかったそれを拾ったかのように、ヨーコが呟いた。赫い髪を桜色の花弁の舞う風にまかせて。
「行っちゃったわねぇ」
一拍置いて、そうですね、とロシウは返した。行ってしまった。
彼はもう戻ってこない。行ってしまった。どこかへ、遠いところへ。でもとても近しいところへ。いつも行こうとしていたところへ。
ロシウはずっとそれを予感していて、恐れていた時期や厭うていた時期もあったのだけれど、すべては遠い過去のようだ。
今のロシウには、彼の背中を見守るわずかな寂寥とともに、門出の祝福の思いがある。今日のロシウは牧師役だった。彼は今日、新たに、相応しいところへ旅立ったのだ。
ロシウには別に背負うものもある。置いて行かれるという思いはなくなることはないが、託されたもの、自分にしかできないこと、誇りと覚悟が同じだけの意味と重さで在る。後を任された。やらなければならないことは山ほどある。
ロシウはぽつんと云った。
「行ってしまいましたね」
ヨーコが目線をこちらに寄越す。
「シモンは受け継いだのよ。そして、それを次に渡した。より善いものとなるように。より善いものとするように。次の世代に何かを手渡すっていうのは、勝手な押しつけだけじゃないわ。願いだけでもない。自分たちのやってきたことの努力と責任をひっくるめて、その度量にかけて、問うのよ、自分に。より善いものとできるか?ってね。そして次に渡すの。より善いものにしてみせろ、って。それは宿題だし、最後の置き土産だし、疑問符だけど、贈りものでもあるのよ。でも、紛れもなく、受け取った次の世代の子たちのものでもあるの。それはあの子たちのものなの。彼らは受け取るべくして、受け取るのよ」
云い終えて、ヨーコは首を横に振った。ゆっくりと苦笑する。
「いやね、つい。職業病かしら」
「いえ…」
ロシウは答えて、赤い焔を翻した彼が去って行ったほうを見た。みな、受け取ったものがある。もらったそれを得難く思うからこそ、違うかたちで誰かに返せたらよいと望むのだろう。
彼は炎を受け継いだんですね、とロシウは云った。
ヨーコはロシウを見て、片眉をあげた。
「あたしの炎だって、ここにあるわよ?」
不敵に笑ってみせて、ヨーコは背を向ける。どういうことかと問おうとしたその背に、もちろん炎の刺青はない。しかし。
束ねられた髪が揺れる。しゃん、とまっさらな刃の鍔鳴りのように。ヨーコの赫い髪が、風のように自由な軌跡をたどってなびく。
誰かから受け継いだものではなく。またはあり。彼女は彼女の炎を纏う。凛として、軽やかに。
その背中に、たくさんの誰かを思い出した。見慣れたもの。見送ったもの。見届けたもの。気付けばたくさんの背中が、ロシウの傍にはあったのだった。そう気付いた。
それらがロシウを追い越して、先に行ってしまったことも。
(ヨーコさん)
どこででもいいから、どこかで生きていてください。どこかで笑っていてください。
(たぶん僕の望みは、それだけです)
いっそ勇壮に髪をなびかせて、ヨーコは行ってしまった。その背中が見えなくなってから、ああ彼女はだから僕のもとにも炎はあるのだと、そう云ってくれたのだと、不意にロシウは気が付いた。
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シモンにとっての炎がサングラスとかマントとか場合によっては指輪とかだったりするのに対して
ヨーコはヨーコであるだけで炎で
ロシウのともし火はたくさんの誰かの背中なんだよね、という。
女の子のつよさと、シモンのつよさの源と、熱血大グレン団とはちょっとノリが違うなりにちゃんと大グレン団メンバーでもあった微妙なロシウの見るみんなの後ろ姿。それを支える、見守る見送る、みたいな。
「順列のともし火」は、祝意にも葬列にもどちらとも。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。