夕方。委員会活動を終えた金吾が戸をくぐると、相部屋の喜三太が敷布にすっぽりくるまっていた。
顔も足も出ていない白い物体を見て、金吾は眉をひそめた。
「なにしてるんだ、喜三太」
喜三太はいません、という言葉が返ってきた。
「今ぼくはなめくじさんだよ。喜三太は留守です。御用はあとで伺います」
身動きもせずに変な敬語を使う。
金吾はまるまった白いものの横にしゃがみこんだ。
「じゃあ御用を承ってくれるかな、なめくじさん」
「…なめくじのぼくにできることなら」
「うん。喜三太にさ、三年の富松先輩が探してたっていってくれるかな。さっきすれ違ったんだ。怪我は誰のせいでもないって。かすり傷だって。そう云ってくれってさ」
大きななめくじは答えなかった。
「伝えてくれるかな」
重ねていうと、なめくじは沈黙を挟んで答えた。
「うん。…うん、必ず伝えるよ」
金吾はひとつ頷いて立ち上がる。
「それともうひとつ、今日の夕飯のあんかけ定食は人気だから、早く来ないとなくなるっていっておいてくれるかい」
なめくじは、わかった、と答えた。
それに満足して、金吾は泥や土埃で汚れた頭巾を畳んで置くと、食堂に行った。
食堂で定食を食べていると、喜三太が入口に姿をあらわした。こっちこっち、と手を振る。喜三太は気が付いてにこっと笑い、こちらに駆けてきた。目元が少し赤い。
「あんかけ定食、もうないぞ」
「ええっ早いなぁ。じゃあ金吾のひとくちちょうだい」
「いいけど、早くおばちゃんに注文してこないと、残り物のうどんか蕎麦だけになるよ」
ほんとだーと声をあげて、喜三太は注文に行く。結局頼んだのはきつねうどんだった。
「さっき、富松先輩に、会えたよ」
あんかけをひとくち分けてもらってにこにこと食べた後で、ぽつんと喜三太はいった。金吾は箸を動かす手を止めないままそれを聞いた。
「そっか」
「うん」
「大なめくじはちゃんと伝言をしてくれたんだな」
喜三太はにっこりと満面の笑みを金吾に向けた。
「もちろん。だってなめくじさんはとっても賢いぼくの自慢のおともだちだもの」
もちろん金吾もだけど、と付け足す喜三太に、金吾はぼくだって、と返した。そっぽを向いた頬が赤い。目元が赤い喜三太が目を細める。
「あ、そうだ頭巾ごめん。ぬるぬるにしちゃった」
「えっぼくの?置いておいたやつ?」
「うん、手近にあったから。大なめくじさんがぬるぬるに」
そんな、といいながら、金吾はなんとなく察した。手近にあったから。涙と鼻水で汚してしまった。
いいよ、と金吾は嘆息する。
「どうせもとから汚れてたし。洗濯するつもりだったから」
ごめん。喜三太が笑う。
今日、喜三太がその言葉を唱えるのは何度目なのだろう。そう思っていた金吾に別の響きを持つ声が届く。
「ありがとね」
「うん?」
なんでもないとばかりに喜三太は首を振った。
「あんかけ定食。おいしかった」
ごめんよりもそっちのほうがいい、と金吾は思った。だってそのほうが、定食はおいしいのだから。
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用具委員会でへまをやって誰かが怪我をしたと思ってください。
たぶん怪我したのは六年の食満。富松は自分がした怪我だったら怒らない気がする。
落ち込まないのはしめりけクオリティだけど、喜三太だってしんべヱだってたまには落ち込むだろう、同室の子にはうっかり見せたりすることがあるだろう、なんて。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。
ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。