fkmt作品。カイジ。
負けて生き残ったカイジ。
黙示録後、破戒録前。
ただの独白です。
カイジ二期おめでとう!
強風に煽られて、伸ばしっぱなしの髪がなびいた。少しばかり寒い。ビル風だ。
彼はふと立ち止まり、顔を上げた。ビルは頂が見えぬほど遠い高層だ。目を細める。
ああ、この風に苦しめられたんだ。
フラッシュバックとは違う。嫌な唾を飲み込んで、彼は上を見上げ続けた。ともすれば俯いてしまいそうだったから。
あんなに他者が遠く感じたことはない。と同時に、近しく感じたこともない。
最後には誰も彼もが仲間であると思えた。そして最後には、その誰もが、遠く隔たってしまった。
彼は目線を戻すことができなかった。仲間たちが落ちて行った先は、この、彼が今立っているところなのだ。俯けば目が合うような気がして、ひたすらビルの頂に目を凝らす。
高層ビルの壁面はまさしく鏡である。彼の目はその壁面を滑り、頂を見いだせぬまま、空に至った。
空は薄曇りだ。青空など、彼は久しく見ていない。あのビルの谷間を渡る以前も、その後も、俯き暮らすばかりだったから。
たまには俺にも、いい顔見せろよ。空に小さく毒づいて、底辺の彼は青空を望む。頂を臨む。
勝って、勝って、勝ち続けて、勝ち抜いたら。
そうしたら、地面など見えないくらいに高いところまで登れるだろうか。落ちた仲間と目が合うことを恐れずに済むようになるだろうか。
いいや、そんなことはないだろう。
もとより恐れることなどないのだ。彼らは手を伸ばし、彼はその手を取ってやることが出来なかったが、誰にも誰かを助けることなど出来ないと、彼は学んだ。と同時に、誰かを助けるのは、必ずしも伸べた手ではないと知った。呼びかけられた名前。届く声。“其処”に“居る”ということ。
それに───何故か、恨まれているとは、思わない。
自分たちは、自分たちの不明のためにあの場所に至ったのだ。誰にも自分以外の誰かを責めることなどできない。どんなに余地がなくとも、やるかやめるかという最低限の選択肢は与えられていた。どんなに後悔したとしても、選んだのは、それぞれなのだ。
言い訳はすまい。負けて命乞いをしなかったことと同様に、彼はそう決めている。
そう思えたとき、ようやく彼は見上げるのをやめて前を見ることが出来た。
ひとつ嘆息する。ずっと上を見上げていたのでくらりとした。
そうさ。死んだなら、地べたにじゃなく、もっと高いところにいるはずさ。高い、高い、あのビルの頂よりも高い。他界。
上ばかり見ていては歩けない。前へ。前へ。目線はまっすぐ。前へ。
うっかり零れた涙をひとつ踏みつけながら、ようやく彼は前へ進んだ。髪がなびく。今度はビル風のせいではなく、彼が前へと進んだために。
進むかぎり、忘れずにいられる。それに安堵と、僅かな恐れと、心強さを覚えた。
彼の頭上は日の暮れかかった薄曇り。行く手を暗示するかのような、ぱっとしない灰色の曇天。しかし雲の隙間からひかりが射し、それを天使の梯子とも呼ぶのだと、彼は知らない。
ひかりは手を伸べるように、天からビルの谷間に静かに深く注がれていた。
*****
「蕾」
as far as I know さま
黙示録後の逃亡生活の最初の一歩。
バベルの頂への階を上がれ。
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