fkmt作品。
赤木さんっていうか、越境のようなそうでないような。
昨日の夢が今日になり明日になる瞬間があったとしたら、っていう話、なの、か?(疑問形)
もの忘れが酷くなってから、不思議な夢を見ることが多くなった。
大抵は目が覚めた瞬間に忘れてしまうが、日中、ふとした拍子に夢の尻尾を捕まえることがある。
夢の中の彼は何故かとても若く、恐らく十代後半か二十代だ。
知らない男と飯を食ったり、知らない子どもと話をしていたりする。
夢の中では、知らないはずのことを何故かとてもよく知っている。目が覚めると、彼らの顔も名前も思い出せないのだが、それはこの酷くなったもの忘れのせいではなく、もとより彼が彼らを知らないのだろう。
こんな夢を見た。
「なぁ、新台入るってよ。打ちに行かね?」「───さん、懲りないね」「なんだよ打つ前から俺が負けるのは見えてる、みたいな口ぶり。わかんねぇだろ」「くく、そうじゃないよ。新台に毎度釣られるいいカモだっつってんだよ」「…ってめ。んなこといって、てめぇだって打ちに行く癖に」「そりゃ、暇つぶしになるからね」「見てろよ。沼だって攻略したんだ。あの新台くらいどうってことねぇっての、見せてやる」「何分であんたの今月の給料が溶けるか、愉しみだぜ」
まったく、まるでどこかの若者の日常である。彼はこんな経験はない。そもそも彼が夢の中ほどの年齢のとき、パチンコ屋などなかった。今、俺があのくらいの年齢なら、そんなこともあったかもな。彼は煙草をふかしながらそう思う。
こんな夢を見た。
「暑いぜくそじじい」「黙れ鬼子。わしは暑くない。そもそも誰に断わってそこにいる」「誰に断わる必要もないが、必要があるなら今、あんたに断わろうか」「それこそ断る。出て行け」「はは、お断りだね。それより、なんだいそこの桶に浸かってる西瓜は」「貰いもんさ。いい音がした。中身が詰まってそうだな」「中身?」「知らねェのか。ぽんぽんと、叩いていい音がすれば中身が詰まってる。うまそうな西瓜ってのは、このめくらにもちゃぁんと判るようになってんだ」「…へえ。西瓜の中身の良し悪しが、そんなことではかれるとはねぇ」「存外ただの餓鬼だな、てめぇも」「俺にも知らないことくらいあるさ。それより、暑いんだよ、───さん」「……西瓜が食いてぇなら素直にそういいやがれ」
ああ、そいつは知ってる。そいつは、そいつは…
名が思い出せないが、それは知っている人間だ。
ただし、そんな会話をした覚えはまるでないが。
いや、あるのか?それを忘れてしまっただけか?
こんな夢を見た。
「──、」「あ、…アカギさん」「…久しぶりだな」「はい。…どうしたんですか、こんなところで」「別に。通りかかっただけさ」「そうですか」「───は元気か?」「え?ああ…相変わらずですよ、───さんは。俺もそんなに、会ってるわけじゃないけど。忙しそう、なんで」「そうか。くく…義賊ってのも大概にしねぇとな。今、帰りだろ。飯でも行くか」「えっ」「買い物袋から、のりたまが見えてる。精のつくもんでも、食うか」「いや、そんな…有難いですけど、え、遠慮しま」「話のついでだ。そこの鰻屋でいいだろ」「あの」「気にするなよ。情報交換だ」「…はい」
さて、この夢に出てくる少年は誰だろう。夢の中の若い彼よりも、更に若い。学生服の少年だ。生憎とそんな知己はいない。それに随分と気安い仲だ。
今ならともかく、若い頃、誰かを飯に誘うことなどあっただろうか。あんなに年下の少年なんかと、話をすることがあっただろうか。
そのあたりは、夢だから、で済ませている。が、妙な話だ。
夢では、あり得ないことばかりが起こる。物理的にも常識的にも、それらの夢は現実と地続きだったが、だからこそ不思議だ。もの忘れと相まって、まるでそんな知己がどこかにいたような気がしてくる。自分がちょっと詳しい経緯を思い出せないだけで、そんな経験をしたのかも、と思ってしまう。
そんなことを、鰻屋の暖簾を出ながら思った。捕まえた夢の切れっぱしがするすると手の中から逃げてゆくのを感じつつ、彼は食後の一服をつける。さて。
「赤木さん!」
振り向くと、大柄な男。顔に縦横無尽に走る傷痕。
「こんなところで会うとは奇遇ですね」
「ちっと昼食をな」
「昼っていうには遅くありませんかね。あ、ここうまいんすよー。なんだ、もうちょい早く会ってれば俺の顔パスでタダだったのに」
「くく…うまかったよ、まぁまぁな」
「へへっ、赤木さんにうまいといわれたなら、俺も馴染みとして鼻が高いや。どうです?暇ならこれから打ちません?」
「残念だが、先約がある。ところで駅はどっちだ?」
「あれ、電車ですか。珍しい。こっちをまっすぐ行けば、アーケードを出たところが駅ですよ」
「そうかい。いや、駅に迎えが来るんだが、まだ早いかと思ってな」
顔に傷痕。顔に傷。ああ。
夢の中の少年も、顔に傷があったっけ。
「残念。折角赤木さんと打てるチャンスだと思ったのに」
「はは…まぁ、そのうちな」
「つれないなぁ。いいですよ、また誘うんで」
男とそんな会話をしながら歩いていると、アーケードを出たところで、見知った顔を見たような気がしてふと言葉をとめた。
髪を長く伸ばした青年が、車に乗りこんでいくところだった。
彼の視線を追った男が、怪訝そうに訊いた。
「あのベンツがどうしました?」
「いや…」
「…ありゃ、カタギじゃないっすね。今の奴もいそいそ乗りこんでったけど…二度とお天道さま拝めなかったりして。おお怖」
「心配ねぇよ。地の底からでも、じきに戻ってくっから」
「え?」
彼は煙草に火を点けた。
「今の車が迎えっすか?」
「いいや」
「あれ、じゃあ乗ってった奴、赤木さんの知り合いで?」
「さぁな」
いや、とも、うん、とも答え難く、彼は少し考えた。どうだったろうか。
「これから知り合ったかもしれない奴、かな」
「なんですかそりゃ」
男が疑問符を浮かべるのをおかしげに眺め、彼は手を軽く手を振った。
「じゃあな。迎えもそろそろ来るだろ」
「あー、はい…ところで赤木さん、二月にその格好は流石に寒くありませんかね。スーツだけって。風邪引かないでくださいよ」
「ああ」
赤木さんはわかんねぇなぁ、と呟きながら踵を返したその背中を見て、ふと思い出した。
「───天、」
男が振り返った。
「はい?」
「天、貴史」
「あ、はい…えっと?」
「…またな」
思わずにやりと笑ったこちらに、天は嬉しげに笑い返した。
「ええ、また。次は、麻雀打ちましょ」
「ああ。また打とう」
「じゃあ」
「ああ」
彼は人ごみに大きな背中が消えるのを見送り、白い吐息と共に煙を吐いた。
福本作品における「越境」は原作から乖離してるんだけど、時間軸としてはどこでもないところに位置してて、でもここじゃないどっかに存在してたらいいよねっていう。
ねたばらし1:三つ目の夢の少年は涯。十代主人公たちが付かず離れずだったらおもしろいななんて。
ねたばらし2:1997年2月ごろにカイジは地下に堕ちました。
イメージは吉祥寺サンロード。
サンロードの鰻屋の隣のビルにはエスポワールという美容院が入ってまして。四軒隣には寺がありまして。その隣には雀荘がありまして。
なんだか笑ってしまう。着想はそのへん。
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