「
即興小説トレーニング」さんで挑戦したもの。
お第:秋の血痕
リミット:15分
文字数:657文字
未完だったので消したやつです。すごく前に書いたんだけどふっとメモ帳みたらあったのでうp
秋は剥落。世界から色が剥がれ落ちる。赤子の掌のような紅葉を踏んで、玲子さんは歩く。
「急に呼んで悪かったね」
「暇だったんで。でも、僕がいなくても、大丈夫だったんじゃないですか」
簡単なフィールドワーク。一つ年上の中でも教授の覚えもめでたい玲子さんにとっては、こんな簡単な調査、赤子の手を捻るようなものだ。
「私一人でもよかったけど。でも、だから呼んだんだよ。いい機会だし」
「…僕に、経験を積ませようとしてくれたんですか?」
「そうだよ。来年には私もいなくなるんだから」
ざくざくと降り積もる落ち葉を踏んで歩く。玲子さんはローヒールの靴で落ち葉を蹴飛ばす。黒いパンプスの、裏だけが鮮やかに赤い。血のように。
「残らないんですか?」
「残らないよ。大学なんて男の縦社会、残る気がしない」
「院に行けるのに。教授も勧めてるでしょう」
「だからだよ。使いっぱしりで終わるのは御免だね」
「じゃあ、」
「そう。後は君たちに任せる」
「…寂しくなりますね」
「寂しがってくれるなら幸いかな」
紅葉が降る。色がこぼれ落ちてゆく。
「玲子さん、どうして僕を呼んだんです」
「君が残る子だからだよ」
「…僕、院に進みたいっていいましたっけ」
「言ってないけど。違った?」
「違うもなにも…決めてませんよ、まだ」
「そっか。でも、私のやったことを誰かに遺すのなら、君だと思った」
告白じみている。
「私は一人で出来るけど、だから一人で完結してしまう。だからこそ、君に、誰かに何かを遺さなければならないと思ったんだよ。そして君なら、それを更に誰かに手渡してくれると思った。だから呼んだんだ」
玲子さんは振り返り、僕を見て、その肩越しに遠くを見るような目をした。
その眼差しに返す言葉がなく、玲子さんの髪を掠めて落ちてゆく紅葉を見ていた。
ふっと玲子さんは息を吐いて笑った。
「まぁでも私の勝手な期待だから。君がどうするかはわからないし、実際どうしたっていいんだ」
「…わかんないですよ。僕がどうするのかなんて、僕にも」
「わからなくてもいいさ、まだ」
いつかわかる、と玲子さんは言った。
「いつかわかる。それを私が知ることがなくても」
「私は君がいつかそれを知るということを知っている、というだけで足りる」
「いつか私がいない日に、君もこうして誰かに何かを託す。その日のことを考えるだけで、今日君に何かを託す私がいる意味はあると思えるんだ」
それは紛れもない餞別で、別れの言葉だった。
秋の美しい日射しの中を、赤子の手を捻る様に僕の心を踏みつけて、玲子さんが歩いてゆく。
紅葉よりも、靴裏の赤が酷く目に焼き付いた。
*****
「僕」は遺言を託されるよりも、一緒に残って欲しかった。
でも玲子さんは行ってしまうので。「僕」は振られちゃった。
だから「僕」の心を玲子さんは軽やかに踏みつけながら歩いていってしまう、という「僕」の身勝手な感傷。
青春青春。
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