振り返って目に飛び込んで来たのは、鳶色の髪だった。升屋はひらひらと白っぽい春物のコートの裾をひらめかせて、蝶々のようにやってくる。色素の薄い升屋が白っぽいものを着ると、なんだかそこだけ色調調整をしたみたいに浮き上がって見える。
「今野は明日行くん?」
「升屋は?」
「俺行かない。ハイキングって。標高のひっくい山のぼって眺めもクソもないし」
「升屋が行くなら私も行ってもいいのにな」
「まじでか。なにそれ告白?」
「ううん、一人でも多く誘えばそれだけ副部長が労ってくれんのよ」
「俺の心を弄んだのねー!」
「まだ弄んでないし。お望みならば今からでも弄んであげるし」
「やだ…今野ったら…悪い女…」
「本当に悪い女なら悪い女とは思わせないもんよ」
茶番をしながら歩いて行く。食堂への廊下の角を曲がろうとすると、話に出た副部長と出くわした。
「あっ、今野と升屋。ちょうどいいとこに。明日行く?最終確認メール回ってるよな」
「回ってきてます。私は勿論行きますよ。升屋は」
「俺も行きますからー」
弾かれたように応えた私の言葉を升屋が遮る。驚いて見やるも、升屋は笑って副部長に手を振る。
「じゃあ副部長、また明日」
「ああ。楽しみにしておいてくれ」
副部長が踵を返す。ああ、行ってしまった。
「…折角ひとが話してたのに、なに。っていうか行かないんじゃなかったの」
「気が変わった。今野は行くんしょ?なら俺も話相手いるかーって思って」
「ハイキングしながらじゃ話す余裕なんてないかもよ。なによ、もう。気紛れなんだから」
「気紛れでケッコー」
「ああ、明日も副部長とどれだけ話せるか。あんたと喋るくらいなら副部長と喋るわ」
「今野は悪い女だねえ」
振り返って目に飛び込んで来たのは、鳶色の感情の坩堝。
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