「
即興小説トレーニング」さんで挑戦したもの。
向こうのは未完だったので消しました。
お題:たった一つの血
制限時間:15分
「君、どこへ行くの」
「どこへって」
彼女は笑った。
「貴方より、ちょっと早く、先に行くよ」
答えになっていなかった。
彼女は散歩にでも行くようにさくさくと歩いて行ってしまい、代わりに十数年の後に扉をくぐってきたのはその娘だった。
「君、どこから来たの」
「どこからって」
娘は眉をひそめた。
「貴方が思うより、ちょっと遠くの、どっかかな」
答えになっていなかった。
娘はあまり彼女の面影を残してはいなかったが、物の言い方はどうしてか似通っていた。
「彼女は何か言っていたかい」
言っていたからここに来たのだろう。
「言ってなかったから来たのよ」
「言ってなかったから?」
「そう。でも母さんはよく遠くを見てたから。娘は母親より遠くに行くものでしょう。だから来たの」
「彼女はここに来たがっていたのだろうか」
「残念だけど、たぶんそうじゃない。来たがってたのなら、来たと思う」
「じゃあ、僕のほうから来てほしかったのかな」
気の強そうなその娘は珍しく、しばらく間を置いてから迷うように、そうかもしれない、とぽつりと呟いた。
「いつも遠くを見ている人だった」
娘はそういった。母親を評する言葉として如何なものか。
「母さんの見ているものは母さんにしかわからなかった。なんていうか、私の肩越しに、私の背景や私を動かしている大きなものを見ているような。そういう眼差しをする人だった。母親なのにね。よくわからない人だった」
わかる気がする。
「君は母親について知るためにここに来たのかい」
「……」
だんまり。図星だ。
「母さんについて知ることは私のルーツを知ること」
書かれたものを読むようにそう言った。
「母さんは言ってた。あなたのルーツは遠いところにある。でもすぐそこにある。私のところにある。だからどこへでも行けるしどこからでも帰って来れる。さぁ行った行った、って」
「なんだいそれ」
「さあ。でも、貴方のところのことは、何となくかもしれないけど教えてくれた。だから、行けってことかなって。母さんが言ってた。きっと傍に居ればわかる。その横でしか見えない景色がある。そういう人がいる。必ずいるから、自分にとってのそれを見つけなさいって」
「…そう」
僕にとってのそれは。
「あ、思い出した」
娘がこちらを見上げる。黒くてまるい瞳がつやつやと濡れて輝き、僕は在りし日の彼女の幻影を見る。
「たぶん、貴方について言ってたことがある。違うかもしれないけど」
「え」
「一足先に行くとは言ったけど、帰らないけど、そのうちちゃんと便りを送るって言いそびれた、って」
帰る。
「…いや、うん。知ってる」
「知ってる?」
「ああ。言われなくても、わかってるんだ。それは」
待っても待っても。彼女は行ったきり、帰っては来なかった。
探さなかったからだ。
どこかで、もう帰っては来ないと思っていた。だから探さなかった。
でも。
「便りは来たよ」
「そうなの?」
「ああ。来た。ちゃんと」
今こうして、ここに。
「そういえば」
まだ訊いていなかった。
「君の名前を教えてくれるかい」
はじめまして。僕の娘。
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