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洛東

quod tacui et tacendum putavi.

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いつも五分前

ネウロ。篚口と弥子。
ネウロ帰還前で、二年半から三年未満くらい。






「あ、篚口さん」
思いがけず廊下で、ばったりと出くわした。篚口は驚いて目を瞠った。
「桂木。来てたの。今日はまたなんで?」
「この間の立てこもりの件で。まぁそれはすぐ終わったんですけど、今ちょっと通訳に呼ばれたところなんです」
「通訳?あ、桂木けっこう喋れるもんね。でも英語仏語くらいならうちでも話せるやついそうなのにな」
「訛りの酷いスペイン語だそうです。私でも聴き取れるかわかんないけど、とりあえず話せるようなら何とかしてみようかなーって」
「ふぅん。ま、終わったらちょっと俺んとこ来なよ。久々だし、ちょっと別件で見せたいものもあるし。情報犯罪課、どこかわかるよね?」
「うん。いつ終わるかわかんないけど。また後で」
 
そうしてすれ違って、十数時間の後。
「篚口さん、います?」
部署の扉がノックされて、弥子が顔を出した。篚口は椅子を回して振り返って、ああと声を上げた。時間が経ち過ぎていて、すっかり昼間に会話を交わしたことを忘れていた。
「びっくりした。遅かったね」
「いやー、ついつい話が弾んじゃって…」
「え、訛りの酷いスペイン男と?」
「そう、そのひとと。取り調べも兼ねてたから、結構時間かかっちゃって」
「ずっと喋ってたわけ?」
あれから何時間経ってると思うのだ。思わず時計の針を確認してしまってから、もう十一時過ぎてんぜといった。
「篚口さんこそ。よくこんな時間まで居ましたね。もう帰ってるかと思った」
「んー、ここあんま昼とか夜とか関係ないんだよ。一応国家公務員だから、定時に帰ったほうがいいんだけどさ。籍があっても席がないやつがいたり、妙な部署だからさ。だから定時とか残業とかタイムカードとか意味ないんだ。大体、ここにいなくてもできることがほとんどだし」
「それひとつあれば?」
そういって弥子が指したのは机にあるノートパソコンだった。篚口は笑う。そう、これがあれば。
「そのとおり。だからここにいても、いなくてもいい。ま、今日は用があったから、仕方ない」
「用事?他のところもみんな閉まってますよ」
「他のとこは関係ないんだ。持ち出し禁止の、紙の情報を借りてきてただけから。おっと、これ以上はいくら桂木でもいえないよ。部外秘だからね」
「大丈夫、訊きませんよ。篚口さんの顔も笛吹さんの顔も潰す気ないし」
「…なんで笛吹さんからの頼みってわかった?」
「え、だって篚口さんの上司は笛吹さんでしょう?ここの部署での上司は違うのかもしれないけど、笛吹さんは篚口さんの後見人みたいなものだし。他のところが全部閉まってるのにここだけ電気ついてるって警備のひとがうるさいでしょきっと。でも追い出されないで黙認されてる。それは事前にちゃんと話が通してあるってことだし、そういうのは篚口さんより笛吹さんがやる根回しっぽいなって思って。それに今時、紙の書類で持ち出し不可なんて、すごく古いものか、正式なものじゃないかのどっちかでしょう?どっちかはわかんないけど、正式なものじゃない…正式に残しておけなかったものか、表向きなかったことにしたほうがよかったことだったら、こんな誰もいない時間にこっそり作業してる辻褄も合うし。それは篚口さん個人のやることっていうよりは、もっと上から来たものって考えたら納得できるかなって…まぁ、何となくだよ」
「何となくで済ませられる的中率じゃないだろ…ますます探偵の肩書きに磨きがかかって来たよな桂木…」
あはは、と弥子は苦笑した。篚口は彼女に椅子を勧めた。弥子は素直に礼をいって腰掛けた。
「桂木は最近、何してるんだ?噂はわりと入ってるけどさ」
「最近は、そうだね。主にひとと話をさせてもらってるよ。いろんなひとと」
「ふーん。肩書きは探偵のままで行くんだ?」
「うん。ほら、今から他の肩書きを名乗っても、私の名前はもう探偵とセットになってるし」
「…待ってるんだ?あいつを」
「そうともいえるし、そうじゃないともいえるかな」
 
「あいつは帰ってきますよ。それはもう間違いなく。でも、それがいつかはわからない。明日かもしれないし、何十年も後かもしれない。でも、いつだっていいように、私は探偵でいることにしたんです。私が死んだ後でもいいように、私は自分の名前を残しておきたい。探偵、桂木弥子を」
あいつがどこに戻って来てもわかるように。
「もう充分過ぎるくらいだと思うけどね…」
「いいえ、まだまだ!たとえ私が生きてるうちに戻ってこないのが確定してたって、私は探偵と名乗るのをやめませんよ。あいつのためじゃなくて、私のために。だって私の見たいものも、したいことも、この探偵って道の延長線上にあるから」
 
「しあわせもんだね、ネウロは」
「え?」
「こんなにいい相棒がいるなんてさ。待っててなんてやらないで進むっていってる癖に、いつでも席は空けてある、ここに帰って来いっていってんだからさ」
「…なんか、そういわれると照れる」
「いや、充分恥ずかしかったよ。俺がね」
「あ、はい…」
篚口は、ひたすら照れる弥子を見ながら、先程わけなく事情を見抜かれたのに一矢報いたような気がして、快活に笑った。
「早く戻ってくるといいねっていえばいいのかな?それとも、もうしばらく戻って来なくてもいい、っていえばいいのかな?」
「…どっちもですよ。私、まだまだですから。あいつが戻ってくるまでに、もっと身につけておきたいこといっぱいあるし。でも、もう、どっちでも大丈夫なんですよ。ネウロがいつ帰ってきても、二度と帰って来なくても、もう、大丈夫なんですよ」
篚口には何だか酷く弥子が眩しかった。彼女はもう少女ではなく、大人なのだなぁ、という気もしたし、年齢に関係なく、これが自分の知っている、いつかこの目を覚まさせた、桂木弥子という人間だという気もした。そのどちらの事実も眩しかった。
俺だってまだ若いんだけどなぁ、と思いながら、年上ばかりと働いているこの職場で、そうでなくても特殊な部署と経歴であることで若僧扱いや軽んじられることが多い篚口は、自分より年下の人間と接する機会がほとんどなかった。だから眩しかったのだ。成長というものが。
俺もうかうかしてらんないなぁ、と思って、篚口は苦笑した。
「あ、篚口さん。用事って結局なんだったんですか?」
「うん?あー、大したことないんだけどさ。ちょっと前にいってたやつのことなんだけど…」
そういいながら壁の時計を見やる。
「もう日付変わるし。送るから道すがらでいい?」
「え、そんな気を遣ってくれなくても」
「いいのいいの。俺もさっき一段落ついたとこだし。帰ろうと思ってたとこだからさ」
「そうなんですか…でも、途中で深夜営業の食堂に寄ってっても…」
「…いいけど。あ、スペイン男と喋りっぱなしってことは、もしかして夕飯食いっぱぐれた…?」
「いえ、それは食べながら喋ってたんで大丈夫ですけど。相手も一緒にカツ丼食べながら。やっぱり警察来たらカツ丼ですよねぇ。親子丼もおいしかったな。あんかけ丼もよかった。うなぎも頼みたかったな…」
「…あ、そう…」
スペイン男も驚いたろうな、と思いながら、ノートパソコンひとつを携えて、篚口の帰り仕度はととのった。
「じゃあまあ、ちょっと一杯ひっかけてから帰るとしますか」
「賛成!」
ぱちんと電気を消して、うわぁこれは懐中電灯いるよ、飲むなら屋台でもいいね、などといいながら、二人の足音が遠ざかっていく中、誰もいない部屋で、かちりと時計の長針が十二を過ぎた。





*****
ネウロのいないところでも弥子の日付は変わる。でも弥子の日付を進ませるのはネウロ。もちろんネウロだけじゃないけど。
そして進むのは弥子だけじゃない。篚口も。登場してないけど等々力も笛吹さんも、他の人たちも。
そしてネウロの日付だって、当人の知らないうちに、何度も変わってるんじゃないかなぁなんて。進化っていうか変化の話。
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フラグメント

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〈落忍〉
生い先こもれる窓のうちなるほど(滝夜叉丸と綾部)
かじつ(五年ろ組)
営門を仰ぐ(小松田)
艶書(会計委員会)
俺の指を噛んで(六年は組)
裏打(伊助とは組の誰か)
全てを捧げる朝(きり丸)
今夜の嵐は荒れるだろう(久々知と伊助)
空蝉(金吾と喜三太)
知音(双忍)
寄する波(会計委員会)
故にあなたを捨てられない(図書委員会)
内密(双忍)

〈グレンラガン〉
手折る指先(ロシウとシモン)
順列のともし火を絶やさぬよう(ロシウとヨーコ)

〈ソウルイーター〉
「ひどく憎んでいるかぎり、まだいくらか愛しているのである。」(シュタイン)
「人間よ。汝、微笑と涙との間の振子よ」(ソウル)
「どんな忠告を与えるにしろ、長々と喋るな。」(椿とブラックスター)
秘密という寓話(マカとソウル)

〈SilverSoul〉
葡萄色した東雲に(銀時と土方ととある女)
フォゲット・ミー・ノット(土方と銀時)
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〈APH〉
夕焼けに薔薇と桜(イギリスと日本)
ドリンクはお好みで(フランスとイギリスとアメリカ)
約束の約束(アメリカと日本)
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寒鴉ひとこえ是と哭けり(プロイセンとロシア)
わたしの緑、わたしのケロイド(イギリスとアメリカ)
藍より出でて(イギリスと日本)

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2番までは知らない(カイジとアカギ)
銀河と君が近かった時代(ひろと赤木さん)
高さのちがう肩に降る(しげるとカイジ)
きしんだ髪と遠くの愛(カイジ)
先生が優秀でしたから(ひろと赤木さん、市川さんとアカギ)
失う前に捨てなさい(カイジとアカギ)
手遅れになったら会いましょう(アカギとカイジ)
ていたらくの作り笑い(しげると涯と零とカイジ)
今はまだ昨日のこと(赤木さん)

〈neuro〉 
アーケオプテリクスの緑(弥子とネウロ)
a solitary example.(弥子とネウロ)
ラワーレ(弥子とネウロ)
いつも五分前(篚口と弥子)
The sleeping Cat.(ネウロと弥子)
n and y(弥子とネウロ)

〈其の他〉
春風の地平(はぐと花本先生)
無何有郷(ベルとキティ)
蓮(曽良と芭蕉)
君は呟く。(中禅寺と榎木津)
ダーリン・フロム・ヘル(笠野と達海)
くたばってしまえ(静雄と臨也)
こどもは隠れるのがうまい(ジャーファルとアラジン)

〈一次創作:掌編〉
薄荷はレモン
香典はセロリ分引いといたから次は蟹で頼む
星に願いを
みかん捨て場には近いし隣室がちょうどいい
語感で会話してるとこうなるっていう一例
十年一日(俺の十年、奴の一日)
コーヒー置いてけ
船出の刻
透明人間は派手で儚いレインボーの夢を見る
モ・クシュラ
蝶々が尋ねる花はこの野にある
秋は剥落

管理人:りつか

ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。

quod tacui et tacendum putavi.…「わたしが語らなかったこと、そしてわたしが黙っているべきだと思ったこと」。いわぬが花を口にする無粋、を承知で語らずにはおられない気持ちで。

ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。

 





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