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洛東

quod tacui et tacendum putavi.

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アーケオプテリクスの緑

ネウロ。弥子とネウロ。

全巻揃えて読了したので。







暗いその緑に似た色を、私は他に見たことがない。
 
この男の外側で最も特徴的なのは、人ごみでも目立つ上背でも、目の覚めるように青いスーツでも、国籍不詳の髪の色でもない。
眼だ。
鮮やかで、暗い。
弥子は深夜のブラウン管に映る動物番組で、似たものを見つけた。爬虫類の金属光沢だ。
食後のお茶と濡れ煎餅を頬張りながら、当たらずとも遠からずだ、と弥子は考える。何故なら彼の男の本性は、彼女の知る地上の動物では、鳥に近い。
だが猛禽の瞳を思い描き、いいやと否定した。似ていない。矢張り爬虫類だ。だってあいつはきっと冷血動物だから。そう思いながら、三袋目の濡れ煎餅に手を伸ばした。
 
学校の帰り道、叶絵と公園のベンチでお喋りをしながら、ふと背もたれにもたれたとき、ベンチの頭上に枝を伸ばす緑に目がいった。
いいや、あんな颯々とした色ではない。陰に生い茂る、羊歯科植物のほうが近い。
左手のクレープ───ブルーベリーチーズケーキ───を食みつつ上を向いていると、叶絵が呼んだ。
「聞いてんの、弥子」
「あ、うん。聞いてる聞いてる」
右手のクレープ(こちらはバナナチョコだ)の最後の一口を頬張りながら頷いたが、友人の目は誤魔化せなかった。
「…どうせ次にどれ食べるか考えてるんでしょ。メニュー一巡くらいで勘弁しときなさいよ。あのクレープ屋、もうストックが尽きて、おかげであたしのクレープは苺抜きよ」
苺カスタードを頼んだのに、と叶絵は嘆息してみせた。友人は聡い。弥子が余所事に気をやっているのを薄々知りながら、見て見ぬふりをしてくれる。
申し訳ないながらも少し嬉しくなって、うん、と弥子は頷いた。
「ごめんごめん。あとアイスクリームトッピングしたメニュー制覇でやめとくよ」
叶絵の嘆息が深くなった。
 
通りすがり、ゴミ捨て場に廃棄されたパソコンから基盤が覗いている。
ああ、これはとても近い。
金属光沢どころか正に金属であり、素人の彼女には得体の知れない機構であり、回路の金と銀の怪しいひかりは、機械というものの闇を思わせる。
でも生き物なんだよな、あいつ。
そんなことを思いながら、道を急いだ。
 
「遅い」
開口一番にネウロはいった。これはもう、どんなに急いでも、いわれるときはいわれるので、弥子は気にしない。
「悪かったよ、何か依頼でも来た?」
「ろくなものはない。謎の気配も薄い。貴様を虐待するくらいしないと暇で仕方ない」
「いくら暇でもその暇のつぶしかたは人道的にどうかと思う」
「我が輩、人ではない」
「魔人もひとってついてるんだから、そこらへん加味してほしいな…」
ぎしりと椅子を軋ませてネウロが足を組み替える。
「クレープ屋だけでやめておけばいいものを」
ぎくりとして弥子は肩から鞄を下ろしかけたまま固まった。
「その後にたこ焼き屋まで泣かせるとは。罪つくりだな、ヤコ」
弥子は恐る恐る振り返った。ネウロは笑っている。
「…えーと、見てたの?」
暇だったのでな、とネウロはいった。差し出された人差し指に、ぴょんと目玉そのものの虫が跳び乗る。目玉は首を傾げるような動きをした。その仕草が愛嬌たっぷりに見えるあたり、毒されている。
「それにいつもの貴様のルーチンからすると、この曜日には学校での放課後の活動も特になく、まっすぐ来るのならもうここに居ておかしくない時間だった。僕、先生が心配で」
「突然助手モードやめて。こわいから」
「で、申し開きは?」
「え、ええっと、」
「時間切れだ」
ぐんと腕が伸びてきて、彼女の頭を掴んで締め上げた。手袋に包まれた手首を握って少しでも放させようと無駄な努力をしながら、切れ切れに叫んだ。
「まだ何もいってない!」
「聞くと思うのか?」
「そ、そっちが申し開きしろっていったくせにぃ」
「しろとはいっていない。あるならさっさといえばよかろう。ないのならこのままお仕置きだ」
「あ、ある!あるよ!」
「みっともない言い訳で我が輩の耳を汚すつもりはない。拷問決定」
「どっちにしろ聞く耳ないんじゃん!」
こめかみを圧迫されながらもがくと、より指が食い込む気がする。いや、気のせいじゃない。ネウロの愉しそうな顔は徐々に指にちからを込めて弥子が苦しむのがおもしろいと、如実に物語っている。
魔人の眼がひかる。常人にはあり得ない輝きで。
爬虫類。羊歯植物。機械。矢張りそのどれもが近くて遠い。似ているようで似ていない。
鮮やかなのに澱んでいて、深い沼のような、苔むす森のような、濃密な渦がそこにある。
混沌だ。この眼は、きっと原始の緑だ。
始祖鳥は、恐竜から分かれたのだっけ、と弥子は思った。こいつの本性は鳥だ。ただし原始の鳥だ。牙と嘴と、翼と鉤爪を持つ、深い緑のなかに棲み極楽鳥のように鮮やかな、生命だ。
しかしその眼はこんなにもたのしげに感情を孕んで輝く。
(あ、似てないけど似てる)
うきうきとたのしそうな感じ、が、何となく。
(メロンソーダ、とか)
「…貴様、何か馬鹿なことを考えたな」
「えっ」
「顔がゆるんでいるぞ」
いや別になんでも、という弥子の顔を覗きこみ、緑の深淵が近づく。
「釘と、針と、どちらがいい?選ばせてやろう」
「何?何すんの?っていうか何されるの私?」
ふははは、と魔人が笑う。何をするつもりなのか。聞きたくもない。
弥子は必死に頭を回転させた。が、まとまりきる前にネウロが釘か針かを選び終えるに違いないので、しゃべりながら考えた。
「え、ええっとね、ネウロ。たまにはさ、ほら、友人知人と、ちゃんとしたコミュニケーションとらないと。いざってときに、円滑に物事が運ばないかもしれないじゃない?だからね、そう、今日のは、布石なのよ。布石」
「ほお」
「あんたと違って、私には力にものいわす、なんて出来ないんだしさ。普段からこつこつ積み上げてく必要があるわけよ。私なりの、戦略なんだから。食事のときって、大事でしょ?誰と一緒に食べるかとか、どんな場所で、どんな話をしながらとか。まぁ何を食べるかが大事なんだけどさ。食べるに至るまでに、あるじゃない。色々。だからね、コミュニケーションの一環なのよ。一応」
ふん、とネウロは鼻を鳴らした。
「食事の場を見せる習慣があるのは人間だけだ。他のどんな動物も、好んで食事を他の個体と共にしようとはしない。食糧は有限であり、食卓を共にするものは自ずとその食糧を奪い合う競争相手だ。より多く。よりよい部位を。食事に求められるのはそれだけだ」
「そりゃ、他の動物はそうかもしれないけどさ。人間は違うの。私は人間なんだから、いいじゃない、同じ食卓につくのに意味があっても」
あんたにはわからなくても、意味はあるのだと弥子はいった。
口達者で明晰な頭脳を持つ魔人には珍しいことに、自らの言葉でやりこめられるかたちとなった。
「ふむ。貴様がそこまでいうのなら、クレープについては不問としよう」
「えっ、なんでたこ焼きはダメなの」
「たこ焼きの途中で貴様の友人は呆れて帰ったろうが」
「あああ」
コミュニケーションが聞いて呆れる、とネウロは哂った。その間にもみしみしと軋む弥子の頭蓋骨。
万力のように締め付けられることで血行がよくなり活動が活発化したのか、弥子の脳味噌はふと突拍子もないことを思いついた。
先程の弥子のことばは、ある程度そのままネウロにも当てはまるのではないか。
食事は何を食べるかが大事。それに変わりはないが。
そこに至るまでには色々ある。誰と。どこで。どのように。
コミュニケーションだ、と弥子はいった。ならば、謎を食うネウロが彼女と食べるまでの過程を共にすることは、彼なりの意味があるのだろうか。こうして彼女を待つこと。待たされたお返しに悪戯(では済まないが)を仕掛けること。それが彼のコミュニケーションなのだろうか。
いやいや、と弥子は胸中で頭を振った。私を連れて行くのは、私が必要だからだ。食べるまでに。食べた後に。たしかに虐待はこのサディストのコミュニケーションなのかもしれないが、だからといって、付き合うにも限度がある。
だから、絆されてはならないのだ。普段はそんなこと思いもしないでそれなりにたのしく日を過ごしている癖に、彼女を待つ時間を殊更に暇だと感じてしまっている、この魔人に。
「…おや、また何か馬鹿なことを考えたな」
なんだ、その顔は。
不意にネウロは弥子を掴む手を離した。頭を押さえて訝しんでいると、興が醒めた、といった。
「そんな顔をした奴隷を虐めても、虐め甲斐がない」
どんな顔だろう。だがそれより虐め甲斐とはどういうことだろう。そのあたりが詳しくわかれば、虐待の数が減るかもしれない。
「虐め甲斐ってなんなの…」
「嫌なことをするのがたのしいというのに。既に少したのしそうな顔をした貴様など、虐めても仕方がない」
失礼なことをいわれた気がする。
「なんか誤解を招くその言い方!虐待されて喜ぶような趣味は持ってない!」
「そうか?とうとう本格的な被虐体質に目覚めたのかと思ったが」
「断じて違う!」
深い緑が嗤う。渦を巻いて哂う。
食間にあたるこの何でもない時間を、そうして魔人と彼女は笑いながら過ごし、次の食事を待つのだ。
混沌の緑色をした、“謎”の森深くでの晩餐に招かれる、そのときまで。





*****
時系列的にはどこでもいい感じ。血族編前くらい?
「貴様の人と接する能力はかってる」っていってたから、それ盾にされると強く出られないネウロとかどうだろう。いや普通に拷問に突入しますねそうですね。
クレープのイメージはマ/リ/オ/ン/クレープ。

始祖鳥は、鳥に進化しようとしてる恐竜で、両者の中間、という説は実は違っていて、両者の狭間の、進化の袋小路にいるらしいです。
ネウロも自分を「変種中の変種」っていってたから。
でも6のように「一匹で生態系を狂わせる、未来をつくれない歪な進化」だとは思わないので(だって人間と共生関係にあるから)、始祖鳥と違って滅んだりせず、長く環境に適応して人間と生きてってくれたらなぁと思いましたアレ作文。
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↑old↓new
〈落忍〉
生い先こもれる窓のうちなるほど(滝夜叉丸と綾部)
かじつ(五年ろ組)
営門を仰ぐ(小松田)
艶書(会計委員会)
俺の指を噛んで(六年は組)
裏打(伊助とは組の誰か)
全てを捧げる朝(きり丸)
今夜の嵐は荒れるだろう(久々知と伊助)
空蝉(金吾と喜三太)
知音(双忍)
寄する波(会計委員会)
故にあなたを捨てられない(図書委員会)
内密(双忍)

〈グレンラガン〉
手折る指先(ロシウとシモン)
順列のともし火を絶やさぬよう(ロシウとヨーコ)

〈ソウルイーター〉
「ひどく憎んでいるかぎり、まだいくらか愛しているのである。」(シュタイン)
「人間よ。汝、微笑と涙との間の振子よ」(ソウル)
「どんな忠告を与えるにしろ、長々と喋るな。」(椿とブラックスター)
秘密という寓話(マカとソウル)

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葡萄色した東雲に(銀時と土方ととある女)
フォゲット・ミー・ノット(土方と銀時)
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〈APH〉
夕焼けに薔薇と桜(イギリスと日本)
ドリンクはお好みで(フランスとイギリスとアメリカ)
約束の約束(アメリカと日本)
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寒鴉ひとこえ是と哭けり(プロイセンとロシア)
わたしの緑、わたしのケロイド(イギリスとアメリカ)
藍より出でて(イギリスと日本)

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2番までは知らない(カイジとアカギ)
銀河と君が近かった時代(ひろと赤木さん)
高さのちがう肩に降る(しげるとカイジ)
きしんだ髪と遠くの愛(カイジ)
先生が優秀でしたから(ひろと赤木さん、市川さんとアカギ)
失う前に捨てなさい(カイジとアカギ)
手遅れになったら会いましょう(アカギとカイジ)
ていたらくの作り笑い(しげると涯と零とカイジ)
今はまだ昨日のこと(赤木さん)

〈neuro〉 
アーケオプテリクスの緑(弥子とネウロ)
a solitary example.(弥子とネウロ)
ラワーレ(弥子とネウロ)
いつも五分前(篚口と弥子)
The sleeping Cat.(ネウロと弥子)
n and y(弥子とネウロ)

〈其の他〉
春風の地平(はぐと花本先生)
無何有郷(ベルとキティ)
蓮(曽良と芭蕉)
君は呟く。(中禅寺と榎木津)
ダーリン・フロム・ヘル(笠野と達海)
くたばってしまえ(静雄と臨也)
こどもは隠れるのがうまい(ジャーファルとアラジン)

〈一次創作:掌編〉
薄荷はレモン
香典はセロリ分引いといたから次は蟹で頼む
星に願いを
みかん捨て場には近いし隣室がちょうどいい
語感で会話してるとこうなるっていう一例
十年一日(俺の十年、奴の一日)
コーヒー置いてけ
船出の刻
透明人間は派手で儚いレインボーの夢を見る
モ・クシュラ
蝶々が尋ねる花はこの野にある
秋は剥落

管理人:りつか

ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。

quod tacui et tacendum putavi.…「わたしが語らなかったこと、そしてわたしが黙っているべきだと思ったこと」。いわぬが花を口にする無粋、を承知で語らずにはおられない気持ちで。

ぎんたま以外に書いたものを雑多に。 コンセプトは「好きなものを好きなだけ」。

 





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